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表紙写真展示室・2022年(令和4年)分

写真 説明文
1月 今年の西暦の下二桁と言えば…
(撮影場所:福山市水呑町)
※今年は西暦では2022年です。その下二桁、すなわち「22」という数字で思い付くものは多数ありますが、福山市及びその周辺地域にはちょうど県道22号(広島県道22号福山・鞆線)があったのでその県道標識の写真を今月の一枚に致しました。
2月 便利になるのか、それとも…。
(撮影場所:福山市松永町)
※近年西日本旅客鉄道(JR西日本。大阪市北区芝田二丁目)は指定席券売機(みどりの券売機・みどりの券売機プラス)の導入を進めており、今月4日からJR山陽本線松永駅(福山市松永町)でも導入されることになりました。福山市内の西日本旅客鉄道が運営する駅では東福山駅(福山市引野町五丁目)・福山駅(福山市三之丸町)に次いで3箇所目となるのですが、一方では福山市内にある西日本旅客鉄道が運営する駅で有人なのは福山・松永両駅だけになってしまいました。便利になることは歓迎したいのですが、それと引き換えにどうかと思うことも推進されるのはどうなのだろうと思う昨今です。
3月 この春でお別れ
(撮影場所:福山市三之丸町)
※1989年(平成元年)3月11日実施のJRグループのダイヤ改正で登場した岡山〜福山間を結ぶ快速「サンライナー」号は今月12日実施のJRグループのダイヤ改正で33年間の歴史に終止符を打つことになりました。最盛期には30分ごとに岡山・福山両駅を発車するという設定になっていたのですが、現在は平日の夕方については下り8本/上り7本、土曜日・日曜日・祝日の夕方については下り2本/上り1本しかそれぞれ設定されなくなってしまいました。岡山〜福山間を50分程度で結んでいたので岡山・倉敷方面と福山方面を往来するのには便利な列車ではあったのでしょうが、鉄道利用者が減少していることや快速列車を多数設定するほど岡山・倉敷方面と福山方面の交通流動が多いとは言えないことが縮小→廃止の原因になったようです。
西日本旅客鉄道は昨年11月、2023年度(令和5年度)に岡山・福山地区の普通列車用車両について新型車両を導入することを発表しましたが、新型車両導入を前にして「サンライナー」号は姿を消すことになりました。
4月 福山市最北端の信号機の今後は…
(撮影場所:福山市新市町金丸)
※南北に長く伸びている福山市域で最も北にある信号機は常金中学校前交差点(福山市新市町金丸)です。この信号機の東側にある福山市立常金中学校(福山市新市町金丸。1960〜2022)が交差点名の由来なのですが、今春福山市立常金中学校は福山市立新市中央中学校(福山市新市町新市)と統合することになり、61年11ヶ月の歴史に終止符を打つことになりました。跡地には福山市立常金丸小学校(福山市新市町金丸)が移転するという話があるようですが、交通量の少ない県道路線(広島県道26号新市・七曲・西城線)にあるこの信号機は今後どうなっていくのでしょうか。多分存続し、「常金丸小学校前」という交差点名標が取り付けられるのでは…と私は思うのですが…。
5月 広島の今を伝え続けて130年
(撮影場所:広島市中区中島町)
※広島県を中心とした地域で発行されている地方紙・中国新聞(中国新聞社〔広島市中区土橋町〕発行)は1892年(明治25年)5月5日、日刊「中国」として発刊されたことに端を発します(現在の題字になったのは1908年〔明治41年〕6月21日から)。以来130年間様々な苦難を乗り越えながら発行を続け、広島県を中心とした地域の今を伝え続けてきました。地方紙の現状は厳しいものがありますが、中国新聞社は今後どのような展開を見せるのでしょうか。中国新聞朝刊の一読者として注目したいところです。
6月 紫陽花と花菖蒲の咲く公園
(撮影場所:福山市春日町四丁目)
7月 忘れて欲しくないことなのに…
(撮影場所:三次市十日市東四丁目)
※今から50年前の1972年(昭和47年)7月、広島県北部の中心都市・三次市の中心部は梅雨末期の集中豪雨により浸水被害を受けました。そのことを記憶するために三次市中心部の各所にはその時の水害でここまで浸水したことを示す看板が設置されました。左の写真で見られる看板もその一つだったのですが、残念なことに今は見られなくなっています。半世紀前の水害を経験し、覚えている人は50代後半以上になり、年々少なくなっていることを考えれば致し方ないことではあるのですが、毎年のようにどこかで集中豪雨によって甚大な被害が生じていることやいつまた三次市中心部で浸水被害が起きるか分からないことを考えるといくら辛い思い出であったとしてもそういうことがあったことは伝えていく必要があるのでは…と思うところです。そこで今回の「今月の一枚」は10年前に撮影した、今はもう見られない看板を取り上げることに致しました。
8月 48年ぶり出場決定
(撮影場所:福山市千田町千田)
※山の上に立つ学校は硬式野球部が第104回全国高等学校野球選手権大会(今月6日開幕予定)の広島県代表として出場することになった盈進高等学校(福山市千田町千田)です。今回で3回目の出場となるのですが、前回の出場は48年前の第56回全国高等学校野球選手権大会(1974年〔昭和49年〕8月9〜19日)でした。3回戦で当時高校1年生だった読売ジャイアンツの原辰徳監督が選手として出場していた東海大学付属相模高等学校(相模原市南区相南三丁目)と対戦したという話(結果は6対13で敗退)があるのですが、そのことを考えればどれだけ昔のことがうかがえるのではないかと思います。
ちなみに盈進高等学校は今年福山市三吉町南二丁目(福山市立東中学校〔福山市三吉町南二丁目〕の東隣)から現在地に移転して半世紀となりました。その記念すべき年に甲子園出場と相成ったわけですが、果たしてどのような戦績を残すのでしょうか。状況は予断を許しませんが無事開催され、盛り上がることを期待したいと思います。
9月 間もなく引退
(撮影場所:福山市草戸町)
※福山市中心部にほど近いところの芦田川に架かる草戸大橋(手前の橋。全長:366m。以後旧草戸大橋と記すものとする)は1932年(昭和7年)に建設され、長らく福山市中心部と沼隈半島各地を結ぶ重要な交通路となっていました。しかし、老朽化などにより今月30日をもってそのすぐ南側に建設された新たな草戸大橋(奥側の橋。全長:368m)にその任を譲ることになりました。旧草戸大橋は福山市中心部にほど近いところにある芦田川に架かる橋としては唯一の戦前生まれの橋であり(他の橋はいずれも1970年代以降に建設されたもの)、味わい深い橋だったのですが、遂に引退の日を迎えることになりました。
なお、引退後の旧草戸大橋は解体され、周辺で建設が進められている広島県道72号福山・沼隈線のバイパス(福山・沼隈道路)の上り線用地に転用されることになっています。
10月 民間放送70年
(撮影場所:広島市中区基町)
※2022年(令和4年)10月1日に中国地方初の民間放送局・中国放送(RCC、広島市中区基町)は70歳の誕生日を迎えました。この70年間に中国地方には40社もの民間放送局(内訳はテレビ局9社/テレビ・ラジオ兼営局4社/都道府県域エフエム放送局4社/コミュニティ放送局23社〔うち2社は廃業〕)が誕生し、多くの人々に親しまれる存在になりました。今民間放送局は厳しい環境の中にあり、将来どうなるかは全く見通せない状況となっています。しかし、これからも我々の生活になくてはならない存在になり、そして発展していくことを願って中国放送初の民間放送局・中国放送本社の写真(肖像権が絡むため一部加工を施しています)を今月の一枚に選定することにしました。
11月 登場から半世紀
(撮影場所:福山市新市町藤尾)
※広島県で現在の県道番号体系(主要地方道路線は1号から、一般県道路線は101号からそれぞれ路線番号を付ける方式)が発足したのはかつて「国・県道路線一覧表」(広島県道路河川管理課発行)に掲載されていた県道路線の履歴一覧表によると1972年(昭和47年)11月1日のことです。前年、すなわち1971年(昭和46年)に県道標識(正式名称は都道府県道番号)が制定されたことを受けての措置ですが、これにより大半の路線で県道標識が設置されるようになりました。そこで今回の今月の一枚では広島県で現在の県道番号体系が発足して間もない頃に発足した県道路線の一つである広島県道400号藤尾・井関線の県道標識を選ぶことにしました(福山市内には広島県で現在の県道番号体系が発足して間もない頃に発足した県道路線は他にもあるのだが10年ほど前に県道標識がようやく設置されたことやもっと県道標識が普及して欲しいと思っていることも選んだ理由の一つ)。
12月 最後の冬を迎える歩道橋
(撮影場所:福山市今津町)
※国道2号線松永・尾道・木原旧道に架かる今津歩道橋は1975年(昭和50年)に近くの学校に通う児童・生徒が安全に国道2号線松永・尾道・木原旧道を渡れるようにすることを目的として設置されました。以来半世紀近くにわたって付近住民の交通安全に寄与してきたのですが、福山市がJR山陽本線松永駅北口と福山市松永地区北部を結ぶ都市計画道路駅前・府中線を整備するに当たって松永駅入口交差点を改良することになったため2023年(令和5年)3月下旬までに撤去することがこの度決まりました。まだ撤去作業を行う時期がいつになるか発表はないのですが、いずれにせよこの冬がこの歩道橋にとって最後の冬になることから今回の今月の一枚に選ぶことにしました。