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SUNDAY TALK2011

第31回:高速化の果て(2011年〔平成23年〕7月31日公開)

 何でも新しく始めた物事については失敗が伴うものである。例えば上野〜青森間を常磐(じょうばん)線経由(注1)で結び、日本初の気動車特急列車となった「はつかり」号(注2)は当初故障が頻発し、「はつかりがっかり事故ばっかり」などと揶揄されたし、「はつかり」号の気動車化から10ヶ月後の1961年(昭和36年)10月1日に京都〜松江間(注3)を結ぶ気動車特急列車として設定された「まつかぜ」号はいきなり初日に列車故障を起こし、最後尾の車両を切り離して松江駅に到着したため「6両編成で走るはずなのになぜ5両編成になったのか」という沿線住民からの問い合わせが多数寄せられたという。しかし、そういう故障を乗り越えて「はつかり」号は東北新幹線が開業するまでは東京と東北・北海道を結ぶ列車として(注4)、「まつかぜ」号は山陰地方を代表する列車(注5)としてそれぞれ君臨するに至ったのである。
 そういう観点で見れば国家の威信をかけてわずか数年で1万kmもの路線網を築き上げた中華人民共和国の高速鉄道の相次ぐ故障は致し方のないことと考えることはできる。しかし、その果てに起きたのが多数の死傷者を出した高速列車同士の追突事故となると一体何をやっているのかと内外から非難を浴びることになる。今のところ原因は詳らかになっていないのだが、今後に大きな影を落とすことは間違いないものと思われる。
 中華人民共和国の高速鉄道網に関して何だかんだ言う声はよく聞く。どういうものなのかはここでは記さないが、ならば我が国、すなわち日本の鉄道はどうなのだろうか。日本国有鉄道(国鉄)が分割・民営化されてから間もなく25年、各地で高速化事業が実施された。理由は次に挙げる通りである。
・利用者を増やしたいから。
・高速バスや旅客機、並行して通る鉄道業者などに対抗したいから。
・車両を新調したいから。
・目的地で時間を有効に使えるようにしたいから。
・乗り換えで生じる不便を解消したいから。
・鉄道が最も安全な交通手段だから。
 その結果、所要時間は短縮され、各地にいろいろな種類の車両が登場した。中国地方でも「偉大なるローカル線」とか「お古ばかり走る路線」などと揶揄(やゆ)されていた山陰本線の高速化が実施され、例えばほとんどが単線・非電化の鳥取〜米子間92.7kmを57分で走破する列車(「スーパーまつかぜ」5号)が登場しているほどである。それはそれで良いと私は考えるのだが、一方で気になるのはトラブルがいくつか起きていることである。その中でも由々しき問題なのは最近北海道旅客鉄道(JR北海道。札幌市中央区北11条西15丁目)で最近特急列車に使用されている車両の不具合が相次いでいることである。特に今年5月27日に石勝(せきしょう)線清風山信号場(北海道勇払〔ゆうふつ〕郡占冠〔しむかっぷ〕村ニニウ)付近で「スーパーおおぞら」14号が脱線した上に火災が起きて車両が焼失した事故は一歩間違えば大惨事になりかねない事故であった。この「スーパーおおぞら」号は全列車が札幌〜釧路間348.5kmを走るのだが、大半が単線・非電化であるにもかかわらず最速の列車(6号)は3時間35分で走破し、所要時間が4時間を超える列車は存在しないというからいかに速い列車であるかがうかがえる。
 更に北海道は寒冷地であるから鉄道車両は過酷な環境にさらされることになる。故に入念な点検がなされなければならなくなる(まあそれはどの鉄道業者にも言えることではあるのだが)。そういう中で「スーパーおおぞら」14号の脱線・焼失事故を始めとして特急列車に使用される車両の不具合が頻発したということは何を意味しているのだろうか。一度事故を起こし、多数の乗客を死傷させたとしたら尼崎市内の福知山線の事故(JR福知山線脱線事故。2005年〔平成17年〕4月25日発生)を考えるまでもなく多額の賠償を払わざるを得なくなり、経営にも響く恐れも生じる。特に北海道は人口集積地が少ないし、乗客の減少に悩む路線も多い。もしそういう事故が起きたらどうなるのだろうか。保育士が乳幼児の生命を預かっているのと同じく、介護士が障害者や高齢者の生命を預かっているのと同じく、教職員が園児・児童・生徒の生命を預かっているのと同じく、医師や看護師が患者の生命を預かっているのと同じく、鉄道会社は乗客の生命を預かっているということを肝に銘じなければならない。それができないのであれば残された道は最早破滅しかないであろう。
 私は「サービス業は利益と顧客満足の双方を追求しなければならない」と考えている。だから車両を新調し、線路を改良して列車が速く走れるようにすることだけが顧客満足ではない。利用者を危険にさらさないように、そして生命・財産を侵さないように努めることも入ってくる。このことは果たしてどのくらい理解されているのであろうか。高速化の果てにあるのが多くの利用者の生命・財産を侵す行為だった…というのでは本当に悲しい。「今日の繁栄は尊い犠牲の上に成り立っているものである」などという言葉も聞きたくない。事故がなければ何も進歩しないのが世の常なのかもしれないが、今までに世界各地で起きた列車事故はいかなる感情があろうとも有名か否かという問題があろうとも絶対に教訓になるものを残している。事故はいつ起こるか分からないものである。その事故を未然に防ぐ手段は必ずあるはずである。その観点で見れば何だかんだ言う人の多い中華人民共和国の高速鉄道の事故も東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)関係の報道に隠れがちな北海道旅客鉄道の事故も決して対岸の火事ではないし、教訓にすべき事柄は多くある。私はそのように考えるのだがどうであろうか。

(注釈コーナー)

注1:上野〜青森間は東北本線経由が近い(距離は735.8km。常磐線経由だと750.3km)のだが、「はつかり」号が常磐線経由になったのは常磐線のほうが勾配が少ないことと複線区間が長かったこと(いわき市周辺に炭鉱が多く存在したため。余談だが映画「フラガール」の舞台になったことで知られるスパリゾートハワイアンズ〔いわき市常磐藤原町〕はこれらの炭鉱が閉山したことが契機になって開業した)が理由である。しかし、東北本線の全線の電化・複線化の完成を契機として1968年(昭和43年)10月1日に実施されたダイヤ改正で「はつかり」号は東北本線経由に変更された。常磐線の全線電化はその前年の1967年(昭和42年)8月20日に完成しているのだが、福島・宮城両県内に単線区間を多く残していることや沿線に大きな都市があまりないことなどから次第に地位を低下させてしまったのである。東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の前には全線を走破する列車(「スーパーひたち」号)が下り3本・上り4本設定されていたのだが、現在は休止状態になっている(もし東日本大震災〔東北地方太平洋沖地震〕が起きなかったら2012年〔平成24年〕3月17日実施のダイヤ改正で「スーパーひたち」号はいわき駅〔いわき市平〕で系統分割することになり、常磐線全線を走破する列車は廃止されることになっていたがいつ常磐線が復旧するか分からないことから事実上白紙撤回されている)。
※東北本線の勾配緩和策として福島〜槻木(つきのき)間に計画されたのが現在は阿武隈急行阿武隈急行線という第三セクター鉄道になっている丸森線である。丸森〜槻木間だけ開業した時点で東北本線の改良が完成したために建設が滞り、結局第三セクター鉄道として開業するに至ったのである。ちなみに福島〜槻木間の距離は東北本線経由でも阿武隈急行阿武隈急行線経由でも同じ54.9kmである。

注2:「はつかり」号は当初は客車列車として1958年(昭和33年)10月1日に設定され、1960年(昭和35年)12月10日から気動車を使用するようになった。

注3:京都〜松江間と聞くと山陰本線だけを経由しているように考えてしまうが、実際は東海道本線・福知山線を経由していた。大都会・大阪を無視できなかったというわけであるが、1972年(昭和47年)10月2日に京都〜大阪間(下り)及び新大阪〜京都間(上り)は廃止されている。また、松江発着の時代は約2年半で終わり、1964年(昭和39年)3月20日には博多まで延長されたのだが、通して乗る人が皆無だったことなどもあって1985年(昭和60年)3月14日に米子発着に改められ、松江は通らなくなった。「まつかぜ」号は1986年(昭和61年)11月1日に廃止されるのだが、その時点の運転区間は大阪〜米子間(下り)及び米子〜新大阪間(上り)だったので設定時点より短くなっている。

注4:東北新幹線大宮〜盛岡間開業後の「はつかり」号は盛岡と青森、更に青函トンネルが開通してからは盛岡と青森・函館を結ぶ特急列車として活躍していたが、東北新幹線盛岡〜八戸間開業をもって廃止された。
※東北新幹線盛岡〜八戸間開業後の八戸〜函館間の特急列車の名称は「白鳥」号となった。東北新幹線八戸〜新青森間が開業してからは名称は変わっていないが新青森〜函館間の列車に再編されている。

注5:注3で触れた通り「まつかぜ」号は1986年(昭和61年)11月1日に廃止されているが、2003年(平成15年)10月1日に「スーパーくにびき」号を改称する形で「スーパーまつかぜ」号が設定され、約17年ぶりに復活している。現在は鳥取〜米子間3往復、鳥取〜益田間4往復の合計7往復設定されている。

(AFTER TALK)

 高校時代に読み、印象に残った作品に城山三郎(1927〜2007)の「断崖」という作品がある。詳しい内容は未読の方に配慮して伏せることにするのだが、列車が速く走ることや正確さを追求するあまり時間に神経を尖らせることが果たして良いのかどうかを自身の取材旅行中に経験したことを元に描いた作品である。
 この「断崖」という作品の知名度は低いものの、もっと注目されて良い作品ではないかと私は考えている。なぜならJR福知山線脱線事故はある停車駅でのオーバーラン(所定の停車位置を過ぎて停車すること)で生じた列車の遅れを挽回(ばんかい)しようとして運転士が急な屈曲で徐行すべきところを制限速度を超過して走行しようとしたことから起きたとされているし、中華人民共和国の高速列車同士の追突事故や北海道での特急列車の脱線・焼失事故も早く目的地に行けるようにしようと考えたことが遠因と考えても良いからである。「失態を起こしたことを上司に知られたらガミガミ叱られてもしかしたら列車を運転できなくなったり最悪の場合クビになったりするかもしれない。そんなことは嫌だ」とか「早く目的地に行けるようにしないと利用者が減る」という考えがあるのは理解したいのだが、それで大切な人命や財産を奪い、会社の信頼を損ねる結果になったらもうどうしようもない。
 本作を公開してから1年半以上が経過したが、北海道旅客鉄道では経営が厳しいせいもあるのか今でも特急「スーパーおおぞら」号用の車両のやりくりが付かない状況が続いているし、残念なことに事故発生当時の社長が入水自殺するという事件も起きている。一方で中華人民共和国の高速鉄道網は批判を浴びながらも事故後も整備は進められ、2012年(平成24年)暮れには北京〜広州間約2,298kmを約8時間で結ぶ列車も登場したのだという。対照的な両者であるが、再び大惨事を起こさないように努めていることを信じたい。

(2013年〔平成25年〕2月5日追記)